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[ 時間の贈り物 ]
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人間にとって時間とは大切なもので、熟成、忘却、成長など すべての場面でかけがえのない財産である。たとえば、中学の ときなら付き合おうともしなかった相手に高校時代にふと出会 い、その人の良さを見出すとか、昔はあの人感じ悪いなあと思 っていた人が実はいい人だったとか思うのは別段相手がむちゃ くちゃ変化したわけではなくて、自分の中のこころのあり方が 変わっていったせいだと思う。このことが端的にわかるのがジ ェネレーションギャップというもので今のお父さんお母さんは 自分たちにもそういう時期があったにもかかわらず子供に対す る理解は異星人に接するかのようである場合が多い。このこと は別にお父さんお母さんが子供を理解する努力を怠っているの ではなくて、人間は発達段階に合わせた思考しかできないとい うすごく単純な事実に基づくものだと思う。
わからない同士が真摯な人間関係を作りたいと思ったときに は互いの「すり合わせ」が必要になってくる。ところが親子関係 の場合は子供側が「親が価値観をすり寄せてくるのは当たり前」 という甘えがどこかに存在するから子供が本当の意味で親との すりあわせをできるようになるのは独立してからということに なる。昔からよく言う「子供を持ってはじめて親の気持ちがわ かった」というやつである。
いっぽう、恋愛においてはそんな悠長なことは言っていられ ない。だから、その場面その場面で自分に合う人を選択するた めに数々の出会いと別れを繰り返す。もし、恋人たちにとって 家族同士に与えられるほどの時間的信頼感と猶予があればかほ ども恋愛は時間に押し迫られず、苦しいものではないきがする。 恋愛で相手に対して真剣に接していればたとえば互いに感情の 齟齬を持って別れた場合でも、時間的熟成があれば、「ああっ、 あのときあの人が言っていたのはこういうことだったんだ」と 思い当たることもあると思う。その当時の恋愛現場では「自分 が正しい」と信じ切って相手の正しさよりも自分の原則を優先し ていたものがその場面が真剣であったならあったほどあとで相 手の価値や生きかたが自分の中にしみこんでくる。そのときに 再認識する相手というものと自分というものの往還が実はかけが えのない財産であると気づくなら、人間は愛情のみならず、人 と人との築きうる関係には、「真剣でなくてはならぬこと」と 「時間が育てる」ということが重要であることがわかる。
この二つのことを認識した人の恋愛は不毛には終わらない。 たとえどういう将来が待っていても「時間のくれた贈り物」は 一度心に刻まれたなら消えることはないからである。
2000/12/19(火曜日)
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